タイ語 น่า(nâa ナー)の使い方


タイ語の中で น่า(nâa ナー 「顔」という意味のหน้าではない!)という単語はとてもよく使われています。とりわけ使用頻度が高いのは、後ろにจะ(ca ジャ)を伴う น่าจะ(nâa ca ナージャ)という表現ではないでしょうか。タイに来て間もない頃、よく耳にするこの表現について、いったいどういう意味なのかをタイ人に尋ねたことがありました。

ところが困ったことに、尋ねる相手によってその回答が異なるのです。あるタイ人は「คิดว่า(khít wâa キットワー)と同じだ」と言うし、またあるタイ人は「ดีกว่า(dīi kwàa ディークワー)と同じ」と言います。尋ねた私の方は「キットワーとディークワーじゃ、全然意味が違うじゃないか・・・」と弱ってしまったのですが、いかんせん相手はタイ人。これはきっとタイ人特有のいい加減さ(笑)に違いないと、当時はあまり深く考えることはありませんでした。

それから時が経って、少し真面目にタイ語を勉強し始めた頃、再びこのน่าจะに遭遇することになります。そこで今度はインターネットや辞書を使い、どういう意味なのかを調べてみることにしました。

น่าจะ

  • 〜するに値する, 〜に相応しい
  • 〜すべきだ, 〜した方がよい
  • 〜すればよかった, 〜した方がよかった
  • たぶん, おそらく, 〜はず
  • 〜したくなるような

ずいぶんと幅広い意味を持った単語なんだなと思いませんか? 当時の私もそう感じました。しかしこれは、日本語に意訳すると「色々な言葉に分かれる」だけであって、その語が持つ本質的な意味自体はいたってシンプルです。それを理解するにはน่าの本質的な意味を理解せねばなりません。そこで今回は私が体得した「น่าに対する理解」を説明してみようと思います。น่าを使いこなせるようになると、タイ語の幅がぐっと広がります。なんてったって基本単語なわけですから。英語で言うとhaveやget並みに重要な単語なわけです。

言語学者でもタイ語ネイティブ並みというわけでもない、その程度の私の持論ですが、100%正しいことはないにしても、100%間違ってるわけではないと思いますので・・どこかの誰かさんの参考になればと思います。

น่า(nâa ナー)の本質的な意味

น่าが入った単語で日本人がよく知っているものといえば、「美味しそう」という意味のน่ากิน(nâa kīn ナーギン)や、「かわいそう」という意味のน่าสงสาร(nâa sǒŋ sǎan ナーソンサーン)といったところでしょうか。この2つの単語は一見すると共通点がなく、なぜน่าが入っているのかよく分からないようにも見えますが、実はそんなことはありません。

น่าは助動詞にあたり、動詞(V)の前に置き、主語を「Vするのに値する」「Vするにふさわしい」という意味を作り出します。先程の2つの単語に主語を置いてやると、理解しやすいと思います。

  1. อันนี้น่ากิน(an níi nâa kīn アンニー ナーギン)
    これ美味しそう!(直訳:これは食べるに値する)
  2. เขาน่าสงสาร(kháw nâa sǒŋ sǎan カオ ナーソンサーン)
    彼がかわいそう(直訳:彼はかわいそうに思うのに値する)

主語を補ってやると腑に落ちるのではないでしょうか。2がちょっとややこしいかもしれません。สงสาร(sǒŋ sǎan ソンサーン)が「〜をかわいそうに思う」という他動詞なので、例えば「私は彼をかわいそうに思う」と言いたければ ผมสงสารเขา(phǒm sǒŋ sǎan kháw ポム ソンサーン カオ)となります。

この『主語を「Vするのに値する」』という本質的な意味をイメージできればOKです。それを持ってน่าを含む他の単語を見てみると、その単語の成り立ちが納得できるはずです。

  • น่าดู(nâa dūu ナー ドゥー)
    見ものだ, 見たい(直訳:見るに値する)
  • น่าเกลียด(nâa klìat ナー グリアット)
    醜い,ぶざまな(直訳:嫌悪するに値する)
  • などなど

どれもなぜそういう意味になるのか、単語の成り立ちがよく分かると思います。น่าを上手く扱えるようになれば、会話の幅もぐっと広がります。例えば旅行先をインターネットで検討しているとき、とても訪れたくなる街の写真を見つけたとしましょう。それなら「น่าเท่ยวเลย(nâa thîaw lə̄əy ナー ティアオ ルーイ)」と言えばよいです。旅行した先がとても居心地がいい場所で、住んでみたくなる町だったとしたら、それは น่าอยู่(nâa yùu ナー ユー)だと言えます。簡単でしょ?

น่าの意味はそれだけです。後ろの動詞に注目して「〜するのに値する」というイメージを持つように心がけます。決して字面通りに「ニョロニョロするのに値する、するのに値する・・・」と暗記してはいけません。あくまでイメージを持つこと。なんというか、右脳にその概念を刻み込む・・といった感じですかね。

そしてน่าจะ(nâa ca ナージャ)に戻る

น่าが理解できたところで、改めてน่าจะ(nâa ca ナージャ)の意味をひとつずつ見ていきます。

  1. 〜するに値する, 〜に相応しい
  2. 〜すべきだ, 〜した方がよい
  3. 〜すればよかった, 〜した方がよかった
  4. たぶん, おそらく, 〜はず
  5. 〜したくなるような

1と5については先程説明した通りですので、残りの2〜4見ていきます。

2. 〜すべきだ, 〜した方がよい

น่าを理解できていれば、これもほぼ理解できていると思います。「〜するに値する」つまり「すべきだ」「した方がよい」という意訳になるのは自然なことでしょう。例えば「あなたは行くべき(行った方がいい)ですよ」と言いたければ คุณน่าจะไป(khūn nâa ca pāy クン ナー ジャ パイ)となります。

ただし少し注意しなければならないのは、何かをする価値があるという理由で「〜すべき」「〜した方がいい」だということです。例えばお医者さんが体調の悪い患者さんに対して、「よく寝た方がいい」という場合は、「ควร khūan クアン」を用います。(規則や義務を守るべきだというニュアンス)

  • คุณไม่สบาย ควรจะนอนดีๆ
    khūn mây sabāay khūan ca nɔ̄ɔn dīi dīi
    クン マイ サバーイ クアン ジャ ノーン ディディー

น่าはあくまで「するに値するか」どうかであることをお忘れなく。

3. 〜した方がよかった, 〜すればよかった

なんだ、さっきの2を過去形にしただけじゃないか・・でも、あれ?? なんで過去形なのにจะ(ca ジャ)が付いてるんだ? ・・とお思いになった方もいるかもしれません。これを理解するためには少し脱線して จะ を理解しなければなりません。

จะ(ca ジャ)は(1)未来を表す助動詞で(2)英語のwillと同じ、という説明を聞いたことがあるかもしれません。これはウソではないですが、本質的な意味の捉え方をするには不十分です。จะは意志(〜するつもり)、推量(〜だろう)、これから先の動作(=実際に行っていない動作)を表します。

意志や推量も含めまだ行ってない動作なので、必然的に(1)未来形になる場合が多いだけであって、一概に未来だったらจะと捉えてはいけません。例えば未来の話だからといってもจะをつけてはいけないケースもあります。(例えば命令形など。話が大分それてしまうので、今回は割愛)

また(2)英語のwillという説明も少し不十分です。英語のwillも厳密言うと未来形ではないですし、過去形をカバーできていません。ですので、「英語のwillもしくはwouldと同じ」のといった方が正確かと思います。

จะの説明はこれぐらいにして、話を戻します。「した方がよかった」「すればよかった」の例文を見てみます。

  • (雨が降ってきたので・・)傘を持ってくればよかった
    น่าจะเอารมมา
    nâa ca āw rôm māa
    ナー ジャ アオ ロム マー

実際には傘を持ってきていない、つまり、เอารมมา(āw rôm māa)していないのでจะが必要なわけです。過去の時点に戻って、その時から見た「これから先の動作」なので น่าจะ というふうに考えればよいと思います。英語でいうなら、wouldにあたるわけですが、タイ語は過去形変化がないのでจะのまま・・というノリで私は理解してます。

なお、จะは省略してもいいケースがあるというのは少しタイ語を学習した方ならご存知かと思いますが、この場合は省略してはダメです。省略すると、実際には傘を持ってきてないというニュアンスが出せませんので。

これを理解するために逆のケースを見てみると理解が深まると思います。すなわち「〜しなければよかった」です。例えば、せっかく旅行に行ったのに、あいにくの雨降り。「あ〜、雨降らなければよかったのに」と言う場合は、

  • ฝนไม่น่าตกเลย
    fǒn mây nâa tòk lə̄əy
    フォン マイ ナー トック ルーイ

と言います。雨は実際に降ったので、จะ(ca ジャ)を付けてはいけないのです。先程の傘の例とは逆ですね。つまりน่าจะ(nâa ca ナージャ)を理解するにはน่าもจะも正しく理解できていなければならないということです(まあ、当たり前といえば当たり前ですが・・)。

4. たぶん, おそらく, 〜のはず

ここまでを理解できたなら、4は難しくはありません。先程の雨降りの例をとって見てみると、「たぶん(おそらく)雨が降るだろう」「雨が降るはずだ」というタイ語は

  • ฝนน่าจะตก
    fǒn nâa ca tòk
    フォン ナー ジャ トック

です。雨は実際には降ってないのでจะが必要ですよ。3の最後の例文と見比べると、จะの有り無しでずいぶんと意味が異なると思いませんか?

この文を理解するのに情景を思い浮かべてみましょう。あるタイ人が空を眺めています。空には暗い雲が多く、どうみても雨がこれから「降るに値する」空模様です。ゆえに・・ ฝน が น่า で จะตก なのです。ほら、腑に落ちませんか、この説明??

最後に

ずいぶんと長い説明になってしまいましたが、はっきり言って要点は以下のただ1点に尽きるのだと思います。

  1. น่าは、主語を「Vするのに値する」というイメージを持つこと

น่าは本当に基本的で重要な単語だと思いますので、ぜひマスターして会話の幅を広げてください。そういう偉そうに語ってる私も、実はマスターできてないんですが笑。おしまい。

参考書籍

「まさか」をタイ語で言えますか?

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